《スーパー耐久コラム》「歴史は財産」 第2回

 

ルーツであるN1耐久。そのN1とは・・・。

スーパー耐久シリーズは、当初の名称をN1耐久ラウンドシリーズとして、1991年からスタートした非常に長い歴史を誇るレースです。
その名称が示すとおり、当時は純然たるN1車両によって争われていました。
そのN1車両ですが、近頃ではナンバーつき車両によるワンメイクレースが増えてきたため、概念の認識が薄らいでいるような感もあるため、改めて紹介させていただきます。

 


※N1車両で争われていた頃は、外観はまったくのノーマル。改造も主に交換の範囲に留められていた。
写真提供:はた☆なおゆき

 

簡単に言えば、N1車両とは市販車に小規模な改造を施した競技車両です。
いちばんの特徴は、ナンバーなしであること。
そのため、公道を走ることはできませんが、道交法などに縛られずに済みます。
具体的に言えば、ほとんどのパーツは交換が許され、またエアコンやオーディオ、運転席以外のシートなどを外す軽量化、そして車高ダウンが可能となっています。

 


※N1車両で争われていた頃は、外観はまったくのノーマル。改造も主に交換の範囲に留められていた。
写真提供:はた☆なおゆき

 

もうひとつの特徴は、エンジンはほぼノーマルであって、オーバーホール程度の調整しか許されないことです。
排気量アップはもちろんのこと、純正パーツ以外の使用は禁じられています。
それでも先人は、重箱の隅をつつきました。
純正パーツは大量生産されることから、グラム単位ではありますが、重量差がありがち。
そこでピストンなどを大量に購入し、その中から重量差の少ないものだけを選ぶ・・・ということもあり、それではコストアップにつながることから、現在は1気筒分をノーマルに、重量調整は可能になっています。

 

また、ほとんどのパーツが交換を許される、と先に記しましたが、ミッション関連はすべてノーマルではなくてはならず、そしてブレーキに関しても交換を許されるのは、パッドとホースだけ。
肝心なローターやキャリパーは、そのまま使用しなくてはなりません。
そのため、初期のN1耐久においては、特にミッションやブレーキの操作に繊細さが求められたものです。
その頃のニッサン・スカイラインGT-RのR32にニスモバージョンが設けられ、大容量ブレーキが採用されたり、R33へのモデルチェンジにあたり、ゲトラグ製のミッションが装着されたりしたのは、メーカーがそのあたりのキャパシティ不足に対応したからに他なりません。

 

さて、N1耐久はシーズンを追うごとに壊さないための我慢の走りから、攻めの走りにシフトしていくようになります。
その姿勢に応えるべく、ある英断が下されます。
それはミッションのオイルクーラーの装着認可です。
N1車両はエンジンのラジエーターやオイルクーラー、そしてターボ車ならばインタークーラーといった、当初から備えられている冷却装置は交換が許されていましたが、追加装着は禁じられていました。
それを可能としたのが96年のこと。
ただし、N1車両の規定を超えることから、スーパーN1耐久シリーズに名称を改めることとなります。
昨今の感覚としては、N1プラスといったところでしょうか。

 


※N1車両で争われていた頃は、外観はまったくのノーマル。改造も主に交換の範囲に留められていた。
写真提供:はた☆なおゆき

 


※N1車両で争われていた頃は、外観はまったくのノーマル。造も主に交換の範囲に留められていた。
写真提供:はた☆なおゆき

 

その後、段階的にエアロパーツやスリックタイヤの装着などが認められるようになるのですが、名称からN1の文字が外され、現在のスーパー耐久シリーズに変更されます。
それもわずか2年間で。
おそらくN1車両の規定を超える以上、たとえスーパーと冠せられても使用は認めない、という御達しがあったからなのでしょう。
ただ、そのおかげで現在のような、シリーズ独自の発想も可能になったのは間違いありません。

 

ちなみにN1の「N」ですが、改造範囲が狭いことから、ノーマルの「N」をイメージしている方もいるかもしれませんが、それは誤り。
エンジンチューニングまで許される、かつてのTS車両が、N2車両と称されることから明らかです。
正しくはナショナルの「N」。
言うなれば、国内第一規格といったところでしょうか。
N1と呼ばれる前は、ツーリングカーを意味するT、プロダクションカー、サルーンカーと呼ばれていました。

(つづく)

(はた☆なおゆき)

 

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